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2015.03.04

第13回 指導棋士 千葉明 

 今日は小金井市の将棋大会。会場の一角では指導対局会が行われています。ピシッといい手つきで指し進めるのは、小学生の男の子。もう詰みを読み切っているのか、間髪なく王手をかけ続けます。やがて頭金まで進み、上手が頭を下げて投了の意を示しました。手元のA5サイズのボードのようなものに書き込みを始める上手。少年はじっとそれを待っています。書き終わると、上手はそれを少年に見せます。
「▲9二香成よりも▲9三香成の方が良かったかもしれません」
うなずく少年。上手は文字を一旦消し、今度は別の文章を書き始めます。
「でもうまく指されましたね」
少年の顔が綻び、一礼して走り去っていきました。指導が終わり、目が合う上手と僕。僕はボードに書き込みます。
「今お話を伺ってもよろしいでしょうか」


子ども大会での多面指導。感想戦は手元に見える筆談ボードを使って行う。

 子どもたちに指導をしていたのは、千葉明さん。以前プロ棋士を目指して奨励会に在籍していた千葉さんですが、現在は退会して指導棋士三段となっています。実は千葉さんは、生まれつき耳が聞こえないというハンディを背負っていて、そのため人とやりとりをする際は冒頭のように筆談ボードを用います。

「奨励会では耳が聞こえないというのはかなりのハンディになりました」
 奨励会時代のことを伺うと、そのような答えが返ってきました。ご存知の方も多いかもしれませんが、奨励会ではチェスクロックと呼ばれる秒読み時計を使います。大半の会員は常に盤上を凝視し、自分の残り時間は時計の音声で把握します。しかし、音が聞こえない千葉さんにはそれができず、残り時間を知るためには時計に目を向けつつ指さなければなりません。これでは盤上に集中することはできず、秒読みに気付かず時間切れで負けることもたまにあったそうですが、「それでも二段まで上がれたのは自分の実力だと思っています」と、そこは自負を覗かせました。ちなみに、兄の成人さんも実力者で、同様のハンディを抱えながらもアマ竜王戦全国大会で4位に入賞するなどの実績を残しています。
  二段まで上がった千葉さんでしたが、体調を崩したことも影響して退会。プレイヤーとしての道を諦めることになりました。退会後の将棋との関わり方は、アマチュアに復帰するか、指導棋士になるかという二つの道がありますが、千葉さんは後者を選びました。どうして指導棋士の道を選択したのでしょうか。
 「全国の耳の聞こえない方に将棋を教えたいという気持ちが強かったからです。筆談でやりとりできるので、健常者の指導もできますけどね」
 指導棋士となってから4年。冒頭のようなよくある形の指導に加え、千葉さんならではの活動も行ってきました。
 その一つが、東久留米市民手話祭りでの指導対局会。指導を受ける方には耳が聞こえない方も多いのですが、当然ながらその時は筆談ではなく、手話によってスムーズにやりとりができるという訳です。「私の場合は健常者・聾者問わず会話できるのが持ち味でしょうか」と千葉さんは語ります。また、ネット上での手話ニュースに出演して将棋界の仕組みを説明するなど、全く将棋を知らない人に対するアプローチも行っており、これも千葉さんならではの活動と言えるでしょう。
 取材から数日後。この原稿を書いている途中で、千葉さんから新たにメールが届きました。
 「先ほど、聾者団体での指導対局会の開催が新たに決定しました」
 やがては日本全国に活動を広げたいと語っていた千葉さん。どうやら、着実にその歩みを進めているようです。


 当コラムは、二・三週に一度のペースで更新していく予定です。 また、皆様のご意見ご感想、取り上げてほしい題材などお待ちしております!お問い合わせメールフォームよりお送りください。
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